「ベルサイユのばら」で学ぶ美しい日本語
9.1月
おぼえているか
あの春のたまゆらに
おまえがいた
あの夏の日のめくるめきのなかに
おまえがいた
いくたびかめぐった
秋のたたずまいに
冬のそしりに
お…お!
さながらカストルとポルックスのように
おまえはいた
おまえはいた
《解説》
上のせりふは、オスカルさまとアンドレが結ばれる場面で、二人が互いを見つめ合いながら語ったものです。
「たまゆら(玉響)」というのは、「玉が触れ合ってかすかに音を立てるくらいのほんのしばらくの間」を表す言葉です。「めくるめき(目眩き)」は「目が眩むこと」、「たたずまい(佇まい)」は「ありさま」、「そしり」は「片端」をそれぞれ意味します。
互いの記憶の中の、春の日のちょっとした一瞬にも、夏の日の目の眩むような日差しの中にも、秋のありさまを感じさせる何気ない景色の中にも、冬の日のほんの片隅にも、いつも互いが存在していた、それくらいオスカルさまとアンドレは、お互い一瞬たりとも離れることなく、幼い日から長い年月をずっと寄り添うように生きてきたのです。
以前オスカルさまが求婚者に「アンドレを愛しているのですか。」と聞かれたとき、「わからない。そのような対象として考えたことはなかった。ただ兄弟のように、いや多分きっと兄弟以上に、喜びも苦しみも青春の全てもわけあって生きてきた。そのことに気づきさえもしなかったほど近く近く魂をよせあって。」と答えたことがあります。多分二人は、単なる恋愛関係以上の魂の繋がりをお互いに感じていたのでしょう。
カストルとポルックスというのは、天に昇って双子座となり、永遠に寄り添い続ける双子の兄弟。この双子のように、また、光と影のように、二人がこれまで魂をよせあって生きてきたことを確認し、そしてこれからもそうして生きていくことを、互いに願い、誓った言葉がこのせりふなのです。
(注:このエッセイは、2006年に中学3年生に向けて書かれたものです。)
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